中町商店会4代目会長故片野正鷹「ある米屋の軌跡」によりますと、昭和26年に米の販売が民営移管され、現番地で開店。

 当時小田急第一踏切の所から町田高校迄加藤石材店(現在大和銀行、東京建物ビル)マリー写真館、浦島屋(軽飲食)、杉井畳、古谷田モータース、三ノ輪鉄工所、たまや文具店、田後魚店、中里果子店、杉山歯科、錦美容院などで第一小学校を除いて畑や人家がパラパラであった。

 町田高校の手前に町田米穀肥料会社倉庫がピラミッドの様に建っているのが、異様な光景に見えたと記されております。その後昭和32年に大部商店、映画館(町田東映-現河合塾)等もでき街灯資金を町田東映と折半し、地元商店が小田急第一踏切から磯崎硝子屋までのあたりの間に24本の街灯を建設。これが生みの親となって時同じく「中町商工会」を創立(初代会長にマリー写真館故小島蓮太郎)。

その後すぐに「学校通り商店会」と改め昭和57年に「中町商店会」となり今日に至っております。


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